ゆめにっき考察

ゆめにっき


おそらく日頃からネットサーフィンしている層のほとんどが一度は目にしたことがある字面であると思う。

かくいう私も目にしたことはあれど、「ホラーゲーっぽい」「怖い雰囲気」などという風評に恐れをなし、今まで意図的に避けてきた類の物である。
そんなゆめにっきに、私が始めて自主的に触れにいったのはつい最近のことだ。

私は自分でやることを決める、所謂"自由度の高い"と言われているゲームの類はあまり好きではない。RPGであれば次に行く街がある程度示唆されていたり、シミュレーションであればミッション形式、シューティングであれば面ごとに進むなど、やれと言われたことをいかに理論値に近づけて行うかということに快楽を見出している。
なので比較的理論値がわかりやすいマスゲー、タワーディフェンス系のゲームは嗜好の極みである。
追記:もちろん音ゲーも。

しかしこのゆめにっき、自由度が高いどころか全くといっていいほど方向性を示してくれない。

>とても暗い雰囲気の、夢の中(という設定)の世界を歩き回るゲームです。
>特にストーリーや目的はありません。歩き回るだけのゲームです。

などと公式のゲーム説明がこの有様である。


一応「エフェクト」を集めるということだけは教えてくれるが、その集め方、場所、使い方など、一切の情報を与えてくれない。
人や人ではない何かも多数登場するが、会話もなければ名前すらない。

夢の中をただひたすら探索する。雰囲気はとても暗く、不気味で、常人のそれではない。
そんな謎の多いゲーム、ゆめにっき

最初からプレイしエンディングを見た者なら誰もが考察したくなるこのゲーム、私もその例に漏れず大多数の一員である。
作者が何も言及してない現状、答えはないし考察には何の意味もないかもしれない。

それでも私は、考えることを止めることができない。

以下は完全に私の脳内による妄想であり、断定的な口調の場合もそれを押し付けたり決め付けているわけではなく、さらに他の意見に対する批判ではないことを頭に置いて頂きたい。










----------以下ネタバレ----------










このゲームにおける主人公の女の子、窓付き。

まず最初に意見がわかれるのが窓付きが起きている時に自分の部屋の外に出られないこと。これが出たくないなのか出られないなのか。
後者は何者か、おそらく両親か誰かに閉じ込められているという考え方だが、私にはこの意見は考えられないので前者の出たくない派であることを初めに宣言しておく。理由は後々説明する。

それと窓付き失明説。夢の中の無茶苦茶な世界は窓付きがまだ目が見えていたころの記憶であり、それが断片化して意味不明なものになっているという説。
これはあながち的外れであるとは言えない。実際に窓付きはゲーム中特定のエフェクト以外では目を閉じているし、支離滅裂とした夢の世界構成の理由にもなる
しかし、自室に置いてあるゲームNASUの存在や日記を書いているなどの要因により私はこの意見に賛同できない。
窓付きが目を閉じているのは、盾民族の世界の"盾"が表しているものと同様に、他者や周りへの強い拒絶を意味していると捉えている。


このゲームには目玉や血だらけの身体パーツなど恐怖心を煽るオブジェが多数存在するが、それと同様に性的な描写も数多く存在する。


窓付きの容姿や夢に登場する物、つまりエフェクトから考察するに、窓付きは小学生〜中学生ぐらいの女の子であろう。
ロングヘアーブロンドなどは思春期の女の子であれば大小あれど多少はこういったものに憧れの意を示す。
ぶよぶよふとる、そしてウンコヘアーは少し歪んだ変身願望ではあると思うが現状から変わりたいという意味では辻褄が合うし、ぼうしとマフラーじてんしゃかさタオルは女の子が現実世界で愛用していた、もしくは買って欲しかった物たちであろう。

私は初めこれらのエフェクトを愛用していた物と思っていたが、もしかしたら買ってもらえなかった物への憧れが夢で具現化したのではないか、という考えが強くなっている。
はたしてこの窓付きの両親は窓付きに色々買い与えるほど窓付きに優しかっただろうか。


初めに戻るが、私は冒頭で窓付きは自分の部屋の外に出たくない派だと言ったが、この出たくない理由は両親にあると考える。
それが確信に変わった瞬間がネオンの世界の右下でのイベントである。

チャックらしきものをほうちょうで刺すとチャックが開き、中ではキュッキュ君と呼ばれている生物が待ち構えており、その先には自分の部屋の扉と全く同じ扉が立っている。そしてその扉を開けると赤の王様と呼ばれているなんとも恐ろしい物体が画面一面に広がる。

この一連の流れを、私は父親による性的虐待として受け取った。

まずチャック、これは言わずもがな男性のズボンについているチャックである。
そしてその中に入ると待ち構えている棒状の生き物キュッキュ君。これは男性器を表現している。
そしてその持ち主は自分の部屋のすぐ外にいる・・・そう、父親である。

このシーンにより私は窓付きは父親から性的虐待を受けていると確信した。

さらに、このイベントが見られるネオンの世界であるが、このネオンの世界、紛れもなくここは風俗街であると私は考える。
そして、ネオンの住人が隙間なく大量に存在するひょっとこのような青いオブジェがある部屋であるが、あの部屋が象徴しているのは窓付きは風俗街で無数の男にレイプされ回されたということである。
このゲームは生きている物体をほうちょうで刺すとランダムでお金が手に入るが、あの部屋は格好の金策場所である。
つまり、父親は窓付きを無理やり売春させお金を稼いでいた、と取ることができる。

こういった経験より窓付きは男性恐怖症となり、森の世界や暗い場所で度々動く目を目撃したと思うが、周りの男から常に性の対象として見られているのではないかという恐怖心が常に纏わりついていると考えられる。


幼いながらも無数の性行為を強要されてきた窓付きであるが、彼女が唯一自らの意思で体を許した相手もいる。

それこそがセンチメンタル小室マイケル坂本ダダ先生である。

このゲームには無数の"ベッド"が存在する。
いずれも大きさは一人用であり、布団に入るとすぐに眠りにつく。
彼女にとってベッドは夢への逃避の入り口であり、睡眠をするための道具にすぎない。

しかし、セコムマサダ先生のいる隣の部屋のベッドはゲーム中唯一一人用とは呼べないサイズのベッドであり、さらにそのベッドで彼女が眠りにつくまでにしばらくの時間がかかるのも他でもないここだけである。
これは窓付きはここで一人で寝ておらず、睡眠の前に先生と性行為をしたことを示唆している。

先生はピアノの前に立っており、学校の音楽の先生、もしくは先生の自宅の雰囲気を醸し出しているので窓付きが通っていたピアノの先生だったかもしれない。
他の場所のほとんどが禍々しい雰囲気にも関わらず、先生の部屋は非常に落ち着いた白基調の部屋であり、彼女が先生のことを慕い、心を開き安らいでいたに違いない。

しかし、何度かそのベッドで寝ることにより先生の部屋が存在していたその宇宙船は墜落し、火星に"堕ちて"しまう。
あえて"堕"という漢字を使ったのには意味があり、この墜落は何度目かの性行為望まずして子を授かってしまい、先生が子供を堕ろさせたのである。

宇宙船から丘の上までの道なりは子宮までの道を示しており、穴に入る祭に小人になるのは精子をイメージしているのであろう。
そしてその中にいる火星さん。"彼"は本来産まれるはずだった窓付きが体に宿した赤ちゃんだった。足が一本だったり腕がなかったりするのはまだ胎内に宿したてのうちに堕ろされたことを表現している。
そしてこの火星さんはこのゲームにおいて唯一ほうちょうで刺した傷が残る。
これは堕ろしたことによる女性への身体と精神への傷は一生消えないというメッセージだろう。


実は窓付きにはセコムマサダ先生以外にも心を許した人物がいる。
それがポニ子である。

先生の部屋と同じくポニ子の部屋も他の場所とは違い現実世界のそれとなんら変わらない普通の部屋として描写されており、おそらく窓付きはポニ子の部屋を覚えるぐらいには頻繁に遊びに行くような仲であったことが伝わる。

しかし、ポニ子の部屋の電気のスイッチを消すと低確率で、そう、ウボァである。
これはポニ子は実は嫌々窓付きと付き合っており、ポニ子がそのことを話しているところを偶然聞いてしまったという説が有力だが、私もこれに全くの同意である。
これにより窓付きは親友だと"思っていた"人をなくしてしまう。


そして窓付きはもう一人、大切な人を失っている。
モノ子である。

通常しんごうきを使うとだいたいの動く物体は動きを停止する。
しかし、このモノ子しんごうきを使うととても人間のそれとは思えない醜い姿となる。モノ子の容姿やなぜモノクロかを推測するに、遠い昔、窓付きはモノ子という友達を交通事故で亡くしてしまった。窓付き自身に非があったわけではないが、恐らくモノ子が信号無視か何かをしてはねられたのだろう。
それにより仲の良かったモノ子の姉のモノ江とも疎遠になってしまい、笑顔で避けられているのだろう。
「どうして見捨てたの?」「どうして止めなかったの?」と言われ続けられているかのように。


ゆめにっきにおける唯一のお邪魔キャラである鳥人であるが、多くのファンサイトで窓付きをいじめていた人間、という解釈がなされているが、私の意見もあながち間違ってはいないが、それよりもさらに限定的なものと推測する。

すなわち両親である。

他のキャラクターはほうちょうで切ったら死んでしまうのに鳥人だけは死ぬことがない。それどころか怒りくるって襲い掛かってくる。
窓付きの中でほうちょうで切るということは"関係を切る"ということであり、しかし両親との関係はどうやっても切れなかった。

それを裏付けるものとしてベッドとタンスの部屋にも鳥人は存在し、タンスの中まで鳥人は存在する。
無数のベッドは学校の保健室のベッドであり、時系列に並んでおり、窓付きがどれほどの日数保健室登校していたかということを表していると思う。それを学校側が親に連絡し、"迎えに"来たのだろう。
タンスは窓付きが現実世界から逃避するための"夢以外"の場所であるが、彼女自身の部屋にタンスがないことから、タンスはあくまで象徴であり、狭いところ、隠れるところ全般をタンスとして表現しているのであろう。
しかし、どのタンスに隠れても結局は現実に戻ってくるというのが地獄の部屋から感じ取れるだろう。

さて、ここで疑問に上がるのがピクニック広場にいた鳥人は一体誰なのかということだ。あの場に鳥人三人存在した。二人が両親だとすると残りの一人は誰なのだろうか。
先ほどの見解を引き継ぐと簡単には関係を切ることができない存在なのだから兄弟、もしくは姉妹がいたのだろう。
これは確証はなにもないし裏付けする要因も薄すぎるが、あくまで仮説としてなら矛盾なく成り立つ。


最後の前に残りの意味がありそうなエフェクトについて見解を述べる。

ふえ
窓付きが小学生付近であろうということを裏付ける要因の一つ。

△ずきん
窓付きの現実世界での影の薄さを表していると捉えた。場所は多分学校。他の場所では性の対象と見られている可能性が高い。

ねこ
初めはただの"招き猫"という意味かと思ったが、猫を被れば案外他人は信用してくれるという幼いながら身に着けたコミュニケーション能力であろう。他人とのコンタクトを拒絶する引きこもりにコミュ能力があるのか、という話だが、猫を被るということは本来の自分をさらけ出さないで接するということであり、あながち間違ってはいないと思う。

まじょ
これも窓付きの変身願望の表れの一つ。このゲームにおける唯一の癒しイベントといってもいいほどのイベントを持つエフェクト。私はあのイベントとエンディングは密接な関係にあると考えている。


さて、ここまで書いてきたが、何一つ報われることのない窓付きに正直胸が痛い。

目の前で友人が交通事故でぐちゃぐちゃになり、父親にレイプされ、無理やり売春させられ、恋仲の先生との子供を堕ろし、親友だと思っていた女の子に裏切られ。
まだ小学生か中学生の女の子が、である。

正直恐ろしいことに窓付きが小学校高学年ぐらいではないかという自分の中での考えが非常に強い。
エフェクトの名前が全てひらがなであったり、大人の女性や変化に対する憧れや空を飛びたいという願望だったり、ふえ(おそらくリコーダー)を普通に吹けたり、意味不明な落書きは幼さゆえのものであったり、初潮もとうに過ぎている可能性も大いにある。


全てのエフェクトを回収し終わると今度はその全てのエフェクトを手放すことでエンディングを迎えることができる。
このエンディングについても様々な考察がなされているが、私は彼女は実は死んでいない説を提唱する。

ベランダにいつの間にか設置されている足場であったり、飛び降りた後のシーン(つまりエンディングムービー)で窓付きの死体がなかったり、森で死体の周りにいた夢の世界でしか存在しえない赤いもじゃもじゃの玉ねぎのような生物の存在。

これらから察するに、窓付きは夢の中で夢を捨てた、という説である。

夢の中でエフェクトを回収したのは、長年構築してきた夢の世界で様々な場所に飛び散ってしまった自分の記憶や経験を取り除くことであの夢の世界を終わらせようとしたのである。

そして最後に、もうあの夢の世界が終わったことを確認するために、もうあの夢の世界のようにまじょになって空を飛べないことを確認するために、ベランダから飛び降りたのである。


窓付きは強い。
という逃げ道ではなく、今までなんの救いもなかったで戦っていくことを決意したのである。


「死からは何も生まれない。生きてれば何かいいことがある。どんなにつらい過去や経験があったとしても、君と同じように辛い思いをしている人間はいる。生きろ。死を逃げ道にするな。」


これもあくまで推測にすぎないが、少なくとも私はこのゲームからこのようなメッセージを受け取った。
作者のききやまさんがどう思ってこのゲームを制作したかはわからないが、非常に前向きな哲学的なメッセージをゲームに乗せて皆に発信していたのだろうと考える。




他にも考察しなければならない箇所は多々あるが、現時点で書きたいと思っていたことはほとんど書いたつもりである。

ゲーム全体、そしてエンディングをどう解釈するかは人それぞれだと思う。
どのような過去を歩んできたか、どのような信念の元に生きているのか、様々な要因で受け取り方が変わってくると思う。

だから、是非このゆめにっきというゲームに触れて欲しい。
おそらくここまで読んでいる人は既プレイ者のみかもしれないが、それでも私はこう書かざるをえない。


ゆめにっき考察は以上とする。