不思議な夢の物語

俺は今日も秋葉原に来ていた。
いつも通りラフで動きやすい服装に、何でも入る実用的なリュックサック。これが俺の秋葉原での制服だ。
カードショップを巡り、同人ショップを巡り、ゲーセンに寄り、最後に小腹を満たす。
いつも通りの日常。いつも通りの秋葉原
俺にとってこの秋葉原での時間が何よりの幸せであり、日常だった。

こうして、その日も日常を終えた俺は帰宅しようと駅に向かった。
もし、そこでいつも通りのルートで帰宅していたならば、俺はこの不思議な体験に出会うことはなかっただろう。

その日も特に変わったことはなく、特別な感情が渦巻いていたわけでもなかった。
でも、その日はなぜかふと思い立ってしまったんだ。今日は違うルートで帰ろうと。


俺はいつもと違う電車に乗った。とは言っても、なんともない何度も乗ったことのある普通の電車だ。
運良く座ることができたので、俺はイヤホンを取り出し、いつも通り自分の世界へと潜り込んだ。

どれだけの時間が経っただろう。
俺が目を覚ますと、そこには見たことのない景色が広がっていた。

下町。

最初に思いついた感想はそれだった。
もしかして寝過ごしてちょっと遠くまで連れていかれたのかな、と俺はため息をついた。

程なくすると電車は止まり、俺はホームに降りた。
駅のホームは吹き抜けで、視界を遮るものは何もなく、町の景色を見渡すことができた。

そこは不思議な町だった。
町はお祭り騒ぎでいたるところに飾り付けがされており、町の人は全員浴衣を身に付けていた。
しかし、普段見るような近代的な派手な雰囲気はどこにもなく、古風で落ち着きのある、古き良き日本という雰囲気だった。

そしてなによりその町には、富士山があった。

まさか静岡か山梨まで寝過ごしてしまったのかという驚きはあったが、そこは日本人の性かな、すぐに携帯を取り出して富士山を写真に収めていた。
数枚写真に収めて満足すると、そのまま携帯で位置情報サービスを利用した。サービスの信憑性が極めて低いと言われていた時期だったので若干の不安はあったが、案の定その不安は悪い意味で的中した。サービスが記した場所から移動することも拡大することもできず、ただ「イバラキ」と表示するだけだった。
「イバラキ」って茨城じゃないよな、富士山も見えてるし。

こういう時にエラーは困るなと落胆していたが、どうもこの町に紛れ込んだのは俺だけじゃなかったらしい。
近くで高校生と思われる男の子四人組がわーわーと揉めていた。
なにやら様子がおかしかったし、何よりも彼らは学生服を着ていた。話し相手が欲しかった俺は彼らに声をかけた。
話を聞いたところ彼らはなにやら修学旅行生で、自由時間に秋葉原に行く予定だったのだが、どういうことかこのイバラキに辿り着いてしまったらしい。

俺は秋葉原から帰ろうとしてここに辿り着き、彼らは秋葉原に行こうとしてここに辿り着いた。
そんな偶然もあるものなのかなと不思議に思ったが、今はそんなことよりこの町から抜け出すことを考えた。

彼らに秋葉原からここに来たことを告げると彼らはひどく歓喜し、仕方がないので彼らと共に秋葉原に戻ることになった。
しかし、よくみるとこのホームの看板、「イバラキ」という表記があるだけで、前後の駅の表記がなかった。それどころか、そもそも乗り場が一箇所しかなかった。つまり、この駅は一方通行だということ。

俺達は一気に不安になり駅員室を探した。
幸いそれは存在し、駅員もそこにいたので多少の焦りの中諸々の事情を伝えると、秋葉原という駅は知らないし、イバラキから出る電車もないという。
しかし、イバラキから出る手段自体はあるという。それには電車以外の手段が必要らしく、まず駅近くのバスに乗り、その後タクシーに乗りなさいと。

俺達は言われた通りのバス停に向かった。
乗り場と言えるほどの目印は何もなく、待つための椅子や雨避けなどはなく、ただ古びた看板が立っているだけだった。
看板に書いてある文字は読むことができなかった。

程なくしてバスが到着し、地元の人と思われる人もかなり並んでいた。俺達以外はみんな浴衣を身に付けていたので、間違いなくそうだろう。
バスは座席が横に配置されており、俺は高校生の後に座った。
バスは程なくして満席となり、その後もまだまだ乗り込んできた。
すると、後から乗り込んできた乗客は満席にも関わらず座席へと向かい、なんのためらいもなく座席に座っている人の膝の上に座りだした。しかも、それは一人だけの行為ではなく、全ての人がそれを繰り返した。当然俺の元にも人はやって来て、俺の膝の上に座った。
俺は訳がわからず戸惑った。高校生たちも同様を隠せていない。
俺がキョロキョロしていると、座席に座れている人の膝の上に座るのがイバラキの文化なんだよと、俺の上に座った人が教えてくれた。
若干の居心地の悪さを感じながらも、俺の膝に一人乗せたままバスは出発した。

予想に反してバス停はそこそこの数あり、バス停に止まる度に人は減っていき、俺の膝の上の人も礼を残して降りていった。
不思議なことに、最初のバス停以外で乗ってくる客はいなかった。
程なくすると、俺達五人と運転手以外その空間にはいなくなった。

膝の上に意識が集中してしまいすっかり景色を見ることを忘れていたが、イバラキについた頃はまだ明るかった外も暗がりを見せていた。
町中の提灯には明かりが灯され、屋台は活気を増し、隅っこのほうでは花火を楽しむ人もいた。

俺達は終点と思われる場所でバスを降り、すぐにタクシーを探した。
一歩歩けばお祭り騒ぎの状態だったので祭りを楽しむこともできただろうが、その頃の俺達にそんな心の余裕はなかった。
しばらくタクシーを探すも、タクシーどころかさっき乗ってきたバス以外車という乗り物を目にしたことがなく、増々不安が募っていった。

そんな時、俺は一匹のハムスターを見つけた。全身真っ白で、ハムスターの中でも特に小さい子だった。
その子には人を惹きつける何かがあり、高校生達も見とれていた。
しばらくハムスターの様子を見ていると、ハムスターは俺たちを案内するようにテクテクと歩き出した。
俺達は顔を見合わせ、互いに頷き、その子についていくことにした。

ハムスターを見失わないように視線を集中し、ハムスターの歩幅に合わせて俺達も歩いていく。
いつの間にか、町の喧騒は聞こえなくなり、ふと目線を地面から上に向けると辺り一面に白い霧が広がっており、一寸先すら見えない状態になっていた。
すると、なにやら遠方から車のエンジンにも似た音が聞こえてき、程なく目の前にタクシーが現れた。
タクシーは俺達の前に止まるとおもむろに扉を開き、俺達を招き入れた。

タクシーに乗ると驚いたことに運転手はおらず、しかし、ブレーキやキーなどはしっかりと操縦されていた。
不思議に思いながらもそのタクシーに全員乗り込むと、扉は閉まり、無言で動き出した。


それからのことはよく覚えていない。
いつの間にか俺は秋葉原についていて、いつの間にか高校生達はいなくなっていて、いつの間にか俺は家についていた。

理解が追いつく前に俺はふと携帯を見ていた。
すると、そこには富士山の写真がしっかりと残っていた。

夢なのか、現実なのか、それともそういう次元では捉えることのできない何かだったのか。
色々と不思議に思うことはあったが、俺はその日のことを誰にも言うことはなかった。